鐵假面(二幕) 唐十郎 出没群  姉――暁テル子  妹――千羽スイ子  タタミ屋  乞食の頭領――味の素海外出張部長味代  紙芝居屋  おしろい婆ァ  公園課職員――見世物小屋主  中年男  警官――明智小五郎  リュック・サックの男――タタミ屋の叔父  ドテラ男  味代の部下味の素  町内の男1、2、3  町内の女1、2、3  鉄仮面  へび 一幕 乞食の女王   公衆便所の手洗い場で髪を洗っている女がいる。それも夜更けだ。 女 (ぬれ髪でキッと顔をあげる)誰よっ。そこにいるの!   やぶの陰からヌッと顔を出した若い男。 若い男 何をしてるんですか。 女 あんた誰よ? 男 通りがかりの者です。 女 それならよけいなお節介やかないでよ。   タオルで髪を包んで便所の中に入り、すぐ出てくる。手にかつらを持っていて、それを大振りでかぶる。 女 まだ見てる! 男 そのカツラどうしたんですか? 女 かくしてあんだよ。あたしのかつらは東京中の便所にかくしてあるのだ。あばよ。 男 待って下さい。 女 待てないよ。 男 ちょっとおたずねしたいんですが、この便所の前に誰か来ませんでしたか? 女 なんだって!? 男 そりゃ、公衆便所には誰でも来るでしょう。そうではなくて、ここでふらりと人待ちげに立っていた人はいませんでしたか? 女 おまえ、覗きかい? 男 いえ、約束したんです。今夜の七時にここで集まるって――。 女 ああ、とぐろ巻いてたよ。変態どもがね。  女、ハンドバッグを振って去る。 男 (便所の中に)ごめん下さい。誰かいませんか?   急に音楽鳴って、上手より乞食の大群あらわれる。男、手洗い場の陰にかくれる。便所の前で、乞食どもがファッション・ショーを開いている。奴らは黒パン党の末裔か、愛の見返り者か。固くほの暗い公衆便所の向うでは、静冷なる水洗の音がひびいているだろう。ここはまさしく上野の公衆便所の前だ。永遠が腕時計をさがすならば、ここを通らずにはおかない絶対の恥部が今にも、こじあけられようとしている。   ♪不忍池に浮かんだ白いボート    それに乗せてやろうよ乞食の女王たちを    見上げる目にゃまたたく星だ    夏は冬となり 春は秋となり    魚が空を飛び 唖がオペラをうたうだろう    ねんねこの綿ちぎれて 世にも豪華なこの衣裳    これさえあれば    だれだって    恋の花咲かす 乞食の頭領 沼の向こうから冷たい風が降りてくると両手をこすってフウッ! もういちょうの実もみいんな落ちてしまった。手足はかじかみ、耳たぶはまっかで息がまっ白になるこの季節、その時こそ、この世の垢をまるごと背負いましょう。やりたい命、切りたい小指、かわるなかわらじ二世までと。浮き世も後生も後の日も。おのが背負った垢の淵に身は沈む。すると、俺たちゃ、泥だ。名なしの泥だ。幾万と移動しつづける泥の虫だ。フウッ!   どてらをまとった乞食、台の上に立つ。その男、ポーズをとりながら、客の中の誰かを発見する。 どてらの乞食 あっ、おしろい婆ァだ! 川向うのおしろい婆ァが来てるぞ。   二、三人の乞食にひきずりだされる老婆。 婆ァ ホ、ホ、ホタル来い。こっちの水は甘いぞ、あっちの水は辛いぞ。 頭領 おしろい婆さん。ここはおまえさんの来るところじゃないよ。